8/11週の実績合計は以下の通りでした。
確定損益 30,247円
投資金額 5,640,000円 ←初期投資480万円+過去の積立合計84万円
週利 0.5%
年利換算 27.9%
参考:含み損 6,742,056円
USD/JPYを除いたグラフは以下の通りです。
重要なイベントが同じ日に発生してトラリピの上下の動きを相殺してしまった気がします。8/14のニュージーランド政策金利の利下げ(円高方向)と、岸田総理の退陣(円安方向?)です。1日ずらしてくれると相場が上に振れる日と下に振れる日があってうれしいのですが。
トヨタの認証試験不正の発覚も、何か他の件と同じ日に発生して上下動を相殺してしまった記憶があります。日本経済が回復しようとすると、それに水を差すイベントが同時に発生。
さて、8月の雇用統計で米国の平均時給が33.74ドル(約4,981円)ということでした。日本の大手企業の40代のサラリーマンの税込年収と思われる900万円を労働日数220日と1日8Hで時給計算すると5,113円です。残業ゼロでこの計算です。もし米国の平均時給がアルバイトも含んだ数字だとしたら、、、とても残念です。
また話は変わりまして、昨日もそうですが最近こんなことを考えています。
「こんな会社に入ってこんな仕事をさせてほしいな」という仕事選び→✕
「自分の力をどのように社会の役に立てるか」という仕事選び→〇
もし自分の子供が別の子供に対して「友達の輪に入れてほしい、一緒に遊んでもらいたい」なんて言ったとしたら、そのあまりにへりくだった姿勢にがっかりすると思います。遊ぶのに上下関係はないのだから「一緒に遊ぼう」と言ってほしいものです。
ですが、自分がいざ就職する場面になると「この会社に入れてほしい。何でもやります」とへりくだってしまう。
江戸から明治にかけての仕事への取組み方で、富を築いて現代の子孫を富裕層にした人、一生会社勤めをして子孫をマス層のままにした人、に大きく分岐したと思いますが、この違いを生んだのが上記〇と✕の考え方だと思います。
r>gなので、明治時代での違いは令和で簡単にひっくり返せるものではありません。r>gは金銭面だけを表していますが、その後の教育・環境・人脈なども考慮すると明治でできた差は令和ではとんでもない差になっているはずです。